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2007年8月7日
わたしは決して、何か明確な目的があって、それをやりこなすだけのためにここに 立っているわけではない。フィールドワークということばを背負ってはいるが、わた しは、隣部屋に眠っているサーファーと何一つ変わらない、ひとり外国人旅行客であ る。 といっても、彼らのように完全な自由を味わえず、常に何かに追われている自分は、 独り異邦人である。 自由を奪っていく会話。 変なことばではあるが、ここでひとり町を歩いていると、わたしは、とても成り立た ない会話によく巻き込まれる。インドネシア語がわからないわけでもなく、英語が話 せないわけでもない。なのに、よく一方通行で終わってしまう会話に悩まされてい る。 「長いホリデーだね」と言われて、すぐ「うん、そうなの」とうなずく前に、何かを もう一度考えてしまうわたし。「あなたはここで今何をしているの?」と聞かれて、 「お調べことをしているの」と話すのを極力避けようとするわたし……。明らかにあ やしい表情でわたしは、本当なのかうそなのかわからないことばを適当に吐いて歩い ている。 会話に困るたびに感じるのは、フィールドワークという行為に対する嫌悪感でありな がら、自分の存在意識に常に不満を抱いている、ひどくサディスト的な気持ちであ る。 今わたしは、うんざりするほどたくさんの時間を、ただ自分との対話で過ごしてい る。すると、結局わたしは、出会う人たちから聞き取った彼らのライフヒストリーや 役場で集めた資料を理解することより、自分自身についていろいろなことを考えてし まうのである。出会う人たちの人生とわたしのそれを比べたり、自分の人生がどれだ け「つまらない」のかを何度も考えさせられたり、もうすこし希望的にいえば、「こ れからどう生きるべきか」を考えるのに頭がいっぱいになるのである。しかし、その ような自分との会話の中でさえ、わたしはなぜか自由になれない。結局のところ、こ んな文章を書きながら大事なフィールドワークの高価な一夜を過ごしている。何かを 体を使って「する」ことより、頭で「考える」のに時間を費やしている。思い出せ ば、これまでずっとわたしはそのようなタイプの人だったかもしれない。 今頃、隣部屋に住むドイツ人の男は何を考えているのだろうか? きっと彼は、「明日の満ち潮は何時なのか?」「明日の朝は強い風が吹くのだろう か?」「日曜日はきっとローカルのサーファーでビーチは朝から混むはずだから、今 週末にはどこの海に行こうか」……などのことを考えているのだろう。もしくは、数 日前に廊下ですれ違った彼のインドネシア人ガールフレンドと、熱い夜を過ごしてい るかもしれない! それはどうであれ、彼は自分に与えられたここでの時間に最善を尽くしている、よう に見える。すくなくともわたしよりは素肌でここのすべてを味わっている、ように思 われる。 海の動き、風の方向、太陽の強さ、月の変化など、バリ人たちが毎日のように祈りを ささげるすべての対象に対して、サーファーたちは誰より敏感である。ほかの旅人た ちとはまったく違って、彼らはこの土地を裸足で歩き、裸でバリを感じている。 それから知り合いのインドネシア人たちのこと。 彼らは「必死」である。必死に自分にできることをしている。仕事であれ、恋愛であ れ、暑い太陽の国で生まれた彼らにとって「必死」ということばは、本能に近い生き 方であるかもしれない。あまり遠い未来の日は考えない。いや、それを考える時間を 自分に与えない。何かを一所懸命蓄えて将来の夢を叶うために生きていくような、わ たしの知っている北の国の人たちの「必死さ」とは、決定的に違う意味での「必死 さ」。必死にその日暮らしをする人たちなのである。 もう、ここに通い始めて4年という時間がすぎた。4年もあれば、じつにいろいろなこ とによって人の人生は変わる。ビーチボーイだったアレックスは、この4年の間、職 を6回も変えたし、彼の友人マックシーは、4年のうち1年半を刑務所で過ごした。ス マトラ人のエディからは今日ちょうど連絡があったが、どうも、数ヶ月前にスマトラ に帰ったみたい。電話の向こうから彼は、「ずっと雨が降らないから、畑のトマトが なるまではまだ時間がかかりそうだよ、まあ大変だわ」と元気な声で話していた。も うバリには戻らないで、自分の田舎で畑仕事をしながら生きて生きたいというエ ディ。 すべての、彼らに起きたこの4年間の変化は、わたしが最初彼らに会ったときは想像 すらしなかった出来事によるものである。それらは、先ほど言ったような彼らの「必 死なその日暮らし」と、それにもかかわらず起きてしまう「皮肉な現実」との絶妙な 出会いが作り上げた話であろう。 ただ、一つだけ共通に言えることはある。「彼らは常に動いている」ということ。数 千個におよぶ数え切れない島々から海を渡り、また違う海を渡り、歩き続けてバリに たどりつき、バリから去っていく。 そして、そのすべての話がバリに泊まり、ひとつのドラマとなる。 # by maya_sinji | 2007-08-28 21:28
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